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判断に迷った時は

毎日毎日人は選択しています。

どの道を歩こうか?

お昼に何を食べようか?

ほんの小さなことから、時には大きな選択が必要なときも

大きな決断をするときには迷いますよね。

本心はこっちがいいけど、こちらだと儲からなさそう・・・なんていうときも

 

判断に迷った時にお勧めがあります

それは「わくわくする方を選ぶ」ということです。

または「どきどきする方」でもいいです。

例えそれが目先の利益に結びつかなくても

例えそれが何の成果も生み出さないように見えても

一見無謀のようでも

自分の心からのサインに従った方が良い結果を生むことが多いし、何よりも楽しく取り組めます。

その選択の結果、もし困難にぶつかっても乗り越えていく力も湧いてきます。

 

今までたくさんの選択に迫られてきましたが

頭で考えて選んだものはことごとく失敗してきました。

目先の利益に捉われて、心で感じた違和感を無視した結果大きな損失を被ったこともあります。

今そこに費やす予算はないけど、どうしてもやってみたい。行ってみたい。と思った時は思い切って取組んでみたこともあります。

結果お金は何とかなっています。

今これをやりたい。を先延ばしして「いつか」と思っていると、その「いつか」が来ることはまずありません。

 

選択の基準をいつも頭で考えて「正しい」のはどっち?自問し続けていると、楽しいことからは遠ざかって行きます。

「わくわくする方」は「危険な方」かもしれません。

基本的に危険なところでは「退屈」なことは起きません。

どんなときに「退屈」になるのかというと、それは安全で平和なとき。

慣れ親しんで安心できる環境に長くいて新鮮味がなくてわくわくしないなら、それは「退屈」になってきているのかも

経験がなくてわくわくすることにチャレンジすると、「退屈」を感じる暇なんてありません。

 

ワクワクする方を選ぼう。

新しいことにチャレンジして。

ちょっとくらいのかすり傷なんて大丈夫。

 

 

 

高いパフォーマンスを上げるために必要なこと

自分自身の人生を生きて、高いパフォーマンスを上げていくために必要なことがあります。

それは「自己責任」を意識することです。

 

自己責任は自己犠牲とは違います。

卑屈になって「それってわたしが悪いんでしょ」とか「どうせわたしのせいでしょ」というのは自己責任とは言いません。

自己責任でいることは「自分のせい」にすることではありません。

 

あのときこうしてくれなかったからうまくいかなかった。とか

悪いのはわたしのせいじゃない。とか

他人のせいにすることも、自分のせいにすることも本質は同じです。

卑屈になることは「他人のせい」と同じく「自己責任」ではなく「他者依存」です。

 

他者に依存している限り、自分が望む結果に辿りつくことは難しいです。

望む結果を得られないことを誰かのせいにする。これもやはり依存

 

自己責任は

どんな選択をして、どんな結果になっても、全ては自分自身の意思で決めたことである。と自覚することです。

そして自分との約束を守ることでもあります。

自分との小さな約束を守っていくことで自分自身の人生を歩いていくことができます。

 

自分の選択に責任があるからこそ、何かを乗り越えた時の喜びはとても大きなものになります。

そしてこの意識があれば、何かあっても他人や環境のせいにすることもなく、自分の人生を切り開いていくことができます。

 

今週、制作するハンドメイド作品を何点!と計画して時間管理や売上管理をして実行することも自己責任

決めたけど、やらないことも自己責任

そもそも計画しないことも自己責任です。

その結果、望む売上に到達しなかったとしても誰のせいでもありません。

やるもやらないも「自由」です。でも自由には責任が伴います。

全ての選択は自分自身であることを知りましょう

成長することを選択する。これも自己責任。

 

例えばコーチについてもらってマラソン大会にでる。

望む結果が得られなかったとしても、それはコーチのせいではないということです。

コーチは指導はしてくれても、あなたの代わりに走ってはくれません。

 

全ての選択、すべての結果に責任をもつ。

その結果を活かすのも自分自身で決める。

ここを意識していくことで自分が主役の人生を生きていけるようになります。

 

 

成長することを優先する

選択肢の基準を「安心・安定」にしているといつまでも変わり映えのない毎日を過ごすことに繋がります。

「安心・安全」と同じ意味の言葉ってなんだと思いますか?

それは「退屈」です。

じゃあ逆に反対の意味を持つ言葉は?

 

自らの力で自分の人生を切り開いて行こうと思ったのなら挑戦し続ける必要があります。

「挑戦」です。

「挑戦」と言っても大きなことを成し遂げるということではありません。

昨日の自分を越えてみる。

怖いこともやってみる。

ほんの小さなことでもいいんです。

知らない人に話しかけてみる。

いつもは選ばない方をあえて選ぶ。

いつもの自分なら絶対しないことをあえてしてみる。

ほんの小さな挑戦の積み重ね

挑戦し続けていると「退屈」している暇はありません。

 

あなたが望む未来は、今のあなたの延長線上にはなくて、自分の枠を超えた所にあるんです。

夢は叶いません。

今のあなたのままでは。

「夢」の反対語って「現実」です。

「現実」の先は、いつまでたっても「現実」です

「夢」に辿りつくために、自分の枠を広げていく。

そのために「成長」することを優先するんです。

 

人の魂のミッションの中に「成功」という言葉はないみたいですよ。

「愛すること」

「楽しむこと」

「感謝すること」

「貢献すること」

そして「成長すること」

 

自ら進化成長していくことを優先していると

魂のミッションも叶え、そして夢に近づきます。

 

本当に欲しいものを手に入れるために最初にすること

不要なものを出す。ってすごく大切です。

 

人の身体だって取り入れてばかりで排出しなければ体調も悪くなる。

現代人は「食べ過ぎ」だそうです。

半日くらい食事を抜いてプチファスティングすると不要なものが排出されてすごく身体が楽になります。

(ファスティングについてはちゃんとした知識の元やってね。)

 

不要なものを移出する。

身体はもちろんだけど、心もお部屋も情報だって全部同じ。

 

お部屋が散らかっているときって自分自身に余裕がなく心が乱れていることも多いものです。

みんながそうではないかもしれないけど私は顕著に表れます。

 

かつて わたしは物が捨てらませんでした。

整理整頓もお掃除もどちらかいうと好きなので、元々家の中が散らかることはありませんでした。

ただ、以前は「整理整頓」と称して、たくさんのモノを効率的に収納することに、多くの時間を費やしていたんです。

たくさん持っている「モノ」を効率的に収納することと、不要なものを捨てる。の間にはものすごく大きな違いがあります。

「捨てる」ことには、ものすごく抵抗があったんです。

それは「大切な物だから」という思い込み。

たくさんの価値がある(と思っていた)物を持つことで、持っている自分にも価値があると思い込んでいたから。

 

自分では必要だと思っているごてごてした装飾を外す事はとても勇気が必要です。

鎧を着ているようなものだから。何もかも脱ぎ捨てたら無防備になるんじゃないか。という恐怖心との戦いです。

最初は本当に小さな小さなベビーステップから始めて、半年経ってからまた、ちょっとやってみる。

その繰り返しの中で段々とわかってきました。

本当に好きな物
本当に必要な物

段々と家の中のあちらこちらに空間が生まれてきました。

空間が生まれると、不要な物がさらに明確になってきました。

最初に生まれた「1㎡」の空間

そこからさらに広がっていく余白のスペース。

空いたスペースに入ってきたのは、自分にとって必要な情報と、心の余裕でした。

 

心もおんなじ。

人様から見た時の見え方ばかり気にして永年生きているとすっかり本当の自分の心が見えなくなる。

お部屋も心も情報だって、一度不要なものを手放してみると、本当に必要なものしか残らなくなります。

手に持ったいろんなものを一旦手放してみることで、本当に欲しいものが手に入りやすい状況を自ら作り出すことが出来るんです。

 

こんな言葉があります。

「何かを得たければ何かを捨てる必要がある。
両手いっぱいに物を抱えていたら、次の欲しいものを手に取ることはできない。」

 

一度手放しても本当に必要なモノであれば、あとから再度あなたの元にやってきます。

 

 

自己肯定感と得意分野

子育て経験がある方ならわかると思うけど

意外と「褒める」ことって意識しないと難しい場面ってあるよね。

叱ったり怒ったりすることはあっても

子どもに限らず、他人を褒めるのって照れもあったりでなかなか習慣にするのって難しいんじゃないかな。

特に日本人は他人を賞賛する機会が少ない社会だったりするから。

褒める。ってことは認めることでもあるし、

そもそも自分自身すら認めていないのに他人を認める事まで辿りつかないかも

日本人は、自分のことを「ダメだ」と思う人の割合が世界一多い国民のようでもあるしね。

 

自己肯定感ってどこからくるのか。というと

決して他人と比較して生まれるものではなく、ありのままの自分を認めるっていうことなんだよね。

知識がたくさんあるからすごいとか

どこどこの学校を卒業しているからすごいとか

こんな家に住んでるからすごいとか

ビジネスで成功しているからすごいとか

他者と比較して、自分ってすごいでしょ!!という評価っていつまで経っても他者依存

他人から認められることを基準に生きていると、いつまでたっても自分の人生を生きられないよ。

そんなもの今すぐ手放そう。

「自己肯定」って決してそういうことではないの。

 

人と比較して劣る部分を異常に気にしてしまう日本人が多いのは、決して「ダメ」な人が多いわけではなく、そんな教育を受けて育ってきたから。

決してあなたが悪いわけでもダメなわけでもないんだよ。

成績がいいとか、運動ができるとか平均点以上を求められてきたから、そこからはみ出すと「ダメ」みたいなレッテルを貼るような教育システムだったから、他人と比較することから離れるのはそう簡単ではないかもしれないね。

 

いいの!!人と比較してできないことが多くても、劣る部分が多くても。

この世に生まれてきただけ丸儲けですから。

他人が認めてくれなくても、自分自身で認めてあげれば。

この日本に生まれて、屋根のあるおうちに住めて、毎日ごはんが食べられる。それだけで幸せだって気がついたら、人と比較して劣る部分をあえて探す必要なんてないし。

あなたがそこにいるだけでいいの。

自分の評価を第三者に依存するのはもうやめよう!

自己肯定感は、こんなところもあるけどそんな自分が好きと自分自身を認める力なんだよ。

そうは言ってもいきなり自分を認めることが難しい場合もあるよね。

わたしも以前は自分のことをちっとも認められなかった。

人と比較してコンプレックスばっかりだった。

コンプレックスの塊だったから、自分を大きく見せたかった。

今でもコンプレックスはたくさんあるけど、別にそれはそれでいいじゃん!って思っています。

ダメなところニガテなことも含めて自分自身です。

平均点80点を目指すことをやめた途端、めちゃくちゃ楽になったし、心のままに生きられるようになりました。

突出して得意なこと好きな事を120点にすることを目指して、出来ないことは20点でもいいや。と

凸凹があるのが人です。

その方が魅力的です。

世の中80点平均の人ばかり集まったってちっとも面白くないもん。

得意分野120点の人が5人集まったら面白いものができそうじゃない?

そんな風に自分のことを認められる人がもっと増える世の中になってくれたらいいな。と思う今日この頃です。

 

 

 

 

次のステージに進むきっかけ

追い込まれないと、できないこともあります。

 

追い込まれたときは、自分が成長するときです。

追い込まれるといつもの自分では絶対に選択しない手段を選ぶから。

追い込まれて、追い込まれて、普段使わない思考をフル回転させる。

 

「大変」だから「大きく」「変わる」

 

逃げるのではなく、どうしたらいいかを必死に考える。

 

いつかやろう。と先延ばしする余裕もないから。

かっこつけてる余裕もないから。

 

先延ばしにできるのは余裕があるから。

 

でもね

究極に追い込まれて、がけっぷちにいるならチャンスです。

自分のステージが次に進もうとしています。

突き抜けるための試練がきてます。

怖がって現状に留まろうとする自分と戦う必要があるんです。

「怖い。どうしよう」「もうあとがない」そんな感情を見つめてみる。

恐怖を感じている自分を客観的に見つめていると、そんな自分が楽しくなってきます。

何度も何度も恐怖を感じているうちに「成長しようとしている」自分に気がつきます。

 

普段、後悔したくないから後回しにしていたことも、今ならすぐ行動できる。

だって後がないから。

きっと、あとから「あの時が転機だった」と思えます。

 

 

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